パンプキンホラーナイト

 あれはアウルとの契約から2015年目のこと。恐ろしい事件の始まりは、ヴィックスベルでの他愛もない世間話からだった。

 

 

 どんな世間話だったのか? それを語る前に、まずはウィストール一家の十年間のビッグニュースについて書かなければならない。

 

 ひとつめは、ティルダは6歳から地元の学校へゆき、11歳からは首都の魔術学校へ通い始めたこと。魔術学校は全寮制であるため、ウィストールたちは年三回の休暇以外は一家のプリンセス不在のちょっぴり寂しい気持ちを味わっている。

 

 ふたつめは、ティルダが13歳の時に行った研究が賞をとって雑誌に掲載されたこと。ティルダは杖の育て方に注目し、『毎晩ピアノの演奏を聴かせた杖と、そうでない杖との成長の違いを記録した結果、ピアノを聴かせた杖の方が使用者との意思疎通がしやすくなる』という発見をした。若年ながら、音楽によって成長具合が変わる可能性をしっかりした文体のレポートで提示した功績は、学校でも大きく評価された。

 

 みっつめは、『ウィズとアウルのなんでも魔術店』でのとある商品の爆発的ヒット――その名も『ニャンダフォウ・ワンダフォウ』だ。アウル監修のもとウィストールが作成した魔術用具であり、ド派手な色柄の蝶ネクタイ型の首輪だ。魂の言葉を翻訳するものであり、犬や猫につけると彼らの鳴き声が人間の言葉として聞こえるようになる。初めは内輪での楽しみのつもりで作成したが、近所の犬猫飼いたちがぜひ売って欲しいというので商品化した。

 ベイクドモケモケはこの世を去る前に、この商品のイメージキャラクターとしてドヤ顔を撮影され、それは今でもパッケージを飾っている。(ベイクは最期に「あばよ、ゆかいなかぞくたち」と言い遺した。)

 

 この発明はヴィックスベルで大流行した。それだけに留まらず、あれよあれよといううちに隣町で流行り、都会でも流行り、ついには国民栄誉賞まで受賞してしまったのだ。

 ところが、ウィストールが儲けにあまり関心がなかったせいで、類似品や悪質なコピー品も出回ってしまった。アウルとティルダは類似品のパッケージ写真にベイクよりも可愛らしい子猫が使われていることにたいそうご立腹だった。しかしニャンダフォウ・ワンダフォウは繊細で高度な魔術用具のため、高名な魔術師でも術式の解析は難しい。案の定、類似品やコピー品の質の悪さはすぐに皆が知るものとなった。

 

 当然、作成術式を売ってくれ、と大金を提示してくる企業も後を絶たなかった。しかしヴィックスベルの町長が「うちの町でのみの特産にしたい。そうすればヴィックスベルの名が売れて他の名産品も注目されることになる」と説得してきたので、作成術式は企業秘密として門外不出とした。

 

 それゆえ、オリジナル版の品質を求めてはるばるヴィックスベルまでやってくる人や、手紙で受注予約を寄越す人が後を絶たない。アウルと二人での作業だととても需要に追いつかないため、地元の手先が器用な奥様方を雇い、手作業で量産している。このところは制作に追われる毎日だった。

 

 ついでに最近の小さなニュースといえば――「ダミアじいさんとカボチャ事件」がある。ダミアじいさんは近所の『ボケかけ』と言われている老人だが、アウルは彼と話すのが好きらしく、たびたび彼が一人で暮らす家を訪ねていた。じいさんもアウルに合鍵を預けてしまうほどに信頼していたようだ。

 アウルは近頃、じいさんの家を訪れるたびにそれは見事な大きなカボチャをもらってきて、得意げにカボチャのスープを作っていたものだ。カボチャスープは毎日毎日毎日続いたので、ウィストールも、収穫祭の休暇で帰っていたティルダもいい加減うんざりしていたのだが、カボチャ地獄の日々は意外な形で終焉を迎えた――。なんと、じいさんがアウルに渡していたカボチャはどれも、広場のイベント用祭壇から盗んできたものだと発覚したのだ。どのカボチャも丸々と特別大きかったのは、カボチャ畑でいちばんの出来のものを供えていたからだった。

 

 幸いなことに、ボケかけの孤独なじいさんと、盗品とは知らなかったアウルは注意を受けた程度で、罰されることはなかった。怒りっぽいカボチャ農家の親父さんだけは納得がいかないようで、特にアウルを酷く詰ったが、親父さんの家族が庇ってくれたのでなんとかギリギリおさまったのだ。しかしその事件は町の住人みなの知ることになり、同情的な意見が多いものの、しばらく肩身が狭くなってしまった。

 

 

 そして、例の世間話が囁かれたのは、そんな冬の本格的な寒さがヴィックスベルに訪れ始めた頃。アウルが猫姿でベッドに入り込んできて、湿った冷たい鼻をブジュ…と押し付けてくる季節のことだった。

 

 町では収穫祭が終わり、日を開けずにエラウィックの祭りに移ろうとしている。ウィストールもこの祭りについてあまり詳しくはないが、町の子どもたちがこの日の夜にお化けの仮装をして、コッカポッカというキャンディクラッカーを集めて回るという変わった祭りだ。集め終えた子どもたちは町の集会所へゆき、子どもたちだけのパーティーをする。そしてコッカポッカを二人一組で両端から引っ張って開けるのだ。中にはお菓子と小さなおもちゃが入っているのだが、一つだけ『当たり』が混ぜられている。当たりのコッカポッカにはお菓子とおもちゃの他に紙の王冠が入っており、それを引き当てた子がその夜の王さまとして振る舞える。子供にとっては楽しみで仕方がないイベントだ。

 

 ティルダは魔術学校に行きはじめた頃から恥ずかしがって参加しなくなってしまったが、昔は仮装をして楽しそうに参加していた。なんなら、五歳のときには王冠が欲しかったと家に帰ってから悔しそうに泣いていたことすらある。

 

「じゃあ、今年もティルダちゃんは参加しないの?」

 魔術店の作業場で、アデリーはそう聞いてきた。彼女は隙間時間にニャンダフォウ・ワンダフォウの作成を手伝ってくれる従業員だ。十年前はデート用に目を輝かせる魔術を注文していた細身の女の子も、今では若くてたくましいお母さんになった。お給金の他に、赤ちゃん用の魔術用具(ミルクを適温で保温しておける哺乳瓶と、赤ちゃんが何かを誤飲しそうになると察知して口元に飛び込んでくるおしゃぶりなど)のサービスがあり、おしゃべりし放題なゆるい雰囲気のこの職場を気に入ってくれているようだ。

 

 作業場にいるのはウィストールの他に三人。ネクタイを縫うアデリー、パッケージ担当のキャロル、受注チェックや売上計算などの事務を行うラディアン。みんなで丸テーブルを囲んで、各々の作業にあたっている。彼女らは昔からの馴染みで、アウルのお茶会友だちだった女性たちだ。

 

 もちろん、彼女らは魔術師ではないため、複雑な魔術作業はできない。安全のために念を入れて魔術の基礎は講義したが、頼んでいる作業はすべて魔術と関係ないものだ。製品の魔術式の調節はウィストールのみが行っている。

 

 その他の従業員は、製品テストに協力してくれている、パチパチコットン氏(正式名・ワタボコリ3世)。まんまるふわふわ、灰色子猫のコットンはニャンダフォウ・ワンダフォウを着け、ウィストールの足元で喋りまくっている。

 

「たすけて! たいへん! われの主人が、ねこようシャンプーを買ってた! われらは、もうすぐ、洗われる! びしょびしょになる!」

 

 ……製品テストはばっちりのようだ。アウルには一応、コットンが洗われることを大変恐れていると伝えなくてはならない。

 

 ウィストールはコットンを抱き上げて落ち着かせながら、アデリーとの会話に応じた。

「ティルダは今年も帰ってくるなり、部屋にこもって研究ばかりしているよ。……昔は仮装、楽しんでくれてたのになあ……」

「寂しいねー。ウィズさんたち、毎年張り切ってたもん、尚更だよね」

 

 ラディアンも受注申し込みの手紙をファイリングしながら「でも、店先の飾りは今年も相変わらずよねー」ときつい美人顔を苦笑させた。

「ああ、あれね」

「毎年やばくない?」

 

 アデリーもキャロルもうんうんと頷き合っているのは、店先に置いてあるカボチャ飾りについてだ。カボチャはエラウィックのシンボルであり、この時期になるとみな玄関先や街道沿いに顔を彫ったり描いたりしたカボチャを飾る。この風習はヴィックスベルで独自に発展したものらしく、観光客にとっては見どころのひとつだ。今の時期なら、カボチャだらけのヴィックスベルを楽しめる。そしてウィストール一家も二個、店先に置いていた。アウル作のキュートな顔立ちのカボチャと、ウィストール作のやたらと凝った模様まで彫られたカボチャだ。件の盗品カボチャ事件を許してくれた農家さんから、正式に購入させていただいだものである。毎年、彫っているうちに熱中してしまって芸術作品のごとくの様相になってしまうので、ご近所さんの間ではプチ名物になっているらしい。

 

 現に今も、店先から「うお、すごいな……」という呟きが聞こえてきた。そしてすぐに、客と店番のアウルのやりとりが聞こえてくる。

「あれを求めてはるばるきたんだ。ワンダホ・ニャンダホ!」

「”ニャン”ダフォウ・ワンダフォウね!」

 アウルは、アリソンの可愛らしい声でしっかり訂正している。曰く、世の中のだいたいの言葉で「ニャン」より「ワン」が先に来ているのが許せないとのことだ。しかしアウルも慣れたもので、スムーズに取引を終えたらしく、すぐに「また来てね!」の言葉と店の扉が閉まる音が聞こえた。

 

「……そういえば、カボチャのことなんだけど」

 アデリーがふとその話を始めた。

 

「うちも玄関先に、カボチャ置いてたのよ。みっつ! ダンナと上の子とで作ってさ。でもねえ、聞いてよ。誰かにコテンパンに壊されちゃったのよお!」

「「「壊されちゃったの〜!?」」」

 作業場の女性たちとウィストールは合唱した。勢いを得たアデリーは「そうなのー!!」と捲し立て始めた。

「上の子の初作品で、時間かけて一緒に作ったのに! まだ写真も撮れてなかったのにめちゃくちゃよ、粉っ々! うちの子も泣いちゃってさあ……」

「それはひどいね……」

 

 同じくティルダが幼い頃に一緒にカボチャを彫った思い出のある者として、その悔しさがよくわかった。その思い出ごとめちゃくちゃにされた気分になるだろうし、なにより子どもの泣き顔こそが最も応えただろう。

 

「犯人はわからなかったのかい?」

「わからないわ。ただ、夜中に玄関先で何かを叩きつけるような変な音はしてたのよね。怖くなってダンナを起こしたんだけど、起きなかったのよお。そうこうしているうちに音は聞こえなくなったんだけど、翌朝家を出てみればカボチャがグシャグシャよう……」

「……ダンナって肝心な時に起きないわよね……」

「ほんとにそう……」

 女性たちは揃って深いため息をついた。一人だけ男性の自分は少し気まずい。

 

「実は……うちもやられたわ、それ」

 とラディアンは言いづらそうに眉を寄せた。

「ウィズさんに彫ってもらった飾りだったから言い出しづらかったんだけど……うちの玄関先と畑に沿って並べてたカボチャ、全滅……」

「そ、そうだったんだ……」

 

 何を隠そう、ラディアンは例の盗品事件のカボチャの畑主の娘である。祭壇に張り込んで、カボチャ盗みの犯人を突き止めたのも彼女だ。彼女たち一家と和解できたウィストールとアウルだったが、せめてものお詫びの一貫として、カボチャ飾りを大量に彫っていたのだった。喜んでもらえるようにと心を込めて彫り上げたものだったので、ずんと心が重くなった。

 キャロルもふくよかな白い頬を真っ赤にしている。

「きっと近所のクソガキどもの仕業だわ! バークなんか、洗濯物に卵投げてくるんだから!」

 

 そこへティーセットを持ったアウルがやってきて、みなの剣幕に「なにごと?」と目を丸くした。ウィストールは壁の時計に目をやり、午後の小休止にちょうどいい時間だと気づいた。

「近所のひどいトラブルの話をしていたんだ。休憩がてらきみも聞くといい」

 アウルは「うん!」と元気よく返事をし、アリソンの顔をぱっと花が咲くように綻ばせた。そして上機嫌で丸テーブルにカップを配る。

「お疲れさま、今日も素敵なお嬢さんがた。休憩にしよう!」

「やった。アウルちゃんありがとー」

「アウルちゃんのいれるお茶がいちばん美味しいのよね」

 

 女性陣はすばやくテーブルの上を片付け、うきうきと休憩タイムに入る。十年前からまるで変わらないお茶会の風景だ。もちろん、彼女たちもアウルが魔物だということは承知のうえで付き合ってくれている。なんなら、昔からアウルのファンとして店に通い詰めていたラディアンなんて、アウルに微笑まれて少女のように頬を染めていた。

 

 しかし今回のお茶会の話題は、にっくきカボチャ破壊についてだ。女性陣の怒りが炸裂する中で、カボチャに関して若干のトラウマを抱えているウィストールとアウルは身を縮めていた。

「犯人、クソガキどもかあのおじいちゃんじゃないかと思うのよね」

「おじいちゃん?」

「ほら、その……カボチャを盗んじゃってたおじいちゃんいるでしょ」

 キャロルの発言に対し、アウルは尖らせた唇で紅茶をちゅうちゅう吸いながら「違うよ……」と庇った。

「ダミアはそんな乱暴はしないさ」

「んん……、そっか」

 キャロルも納得したのか、口をつぐんだ。ウィストールはあまりよくない会話の流れになってきたのを感じて、止めようと口を挟んだ。

 

「犯人はここで話してもわかりっこないよ。それより……」

「じゃあウィズさん、夜見張っててよ」

「――っへェ!?」

 

 ラディアンの言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げた。

「ななな、何を言っているんだい?」

「だって、夜中に変な奴が徘徊しているのよ? 怖いじゃない、捕まえてよ」

 その意見にアデリーとキャロルまでもが「それいい!」と賛同し始めた。

「放っておけないし、顔を拝んでやりたいわ!」

「アウルちゃんは強いから負けないしね!」

 

 煽てられたアウルはあっさり乗せられて「ふふん、まあね! 僕とウィズなら簡単なことさ!」と胸をそらしている。ばか、そんなこと言うな! ただでさえ盗品カボチャ事件で立場が弱いんだから、断れなくなるだろう!

 

 そこからの展開は実に早かった。

 すぐに女性陣に「じゃあ、早速今夜からよろしくね!!」と詰められてしまい、カボチャ破壊事件の犯人を追うことになってしまったのだ。

 

「不良なんて、こうしてこうして、こうこうこう!」

 

 アウルがシュッシュッと拳を突き出してイメージトレーニングを始めている横で、泣きそうな声でため息をついた。

 

 

 しかし、この時はあくまでご近所トラブル程度の世間話――そんな認識でいた。それがあんなに恐ろしい事件に繋がってゆくとは、この時は思いもしなかった。

 

         10